都内の私大で社会学を専攻する文系院生が就社社会に参入するまでの記録

都内の大学院で社会学を専攻している文系院生が、修論を書きつつ就社社会にいかに参入していくのかを自身で観察するブログです。

教育行政における官民「連携」とはどのようなものか-GIGAスクール構想の遠隔教育の導入の過程より

教育行政学の講義で次の論稿(正確には研究ノート)を読んだので、そのメモを簡単に書きます。

渡邉志織,2020,「高校および小・中学校における遠隔教育政策の研究」『情報社会学会誌』15(1):99₋108.

 

♢研究目的・課題または論文の執筆目的

本稿は「遠隔教育導入の政策が、内閣設置の諸機関および規制改革推進会議と、文部科学省などの多数のアクター間において、どのような政策力学が生じ、展開してきたのか、および遠隔教育導入の政策が、規制改革の流れとどのようにかかわっているのかを明らかにする」ことが目的である。特に、遠隔教育導入の政策過程が、文部科学省や規制改革推進会議、地方公共団体などのアクター間の関係構造のもとでどのような影響を受けながら推移していったのかを、諸会議の議事録などより明らかにする。

 

♢結論または知見(論文が明らかにしたこと)

  1. 1990年代から2000年代の遠隔教育政策は、文部科学省が主体となって主に大学への導入を推進してきた。しかし、2010年代の遠隔教育政策は、規制改革推進会議などの要請や批判を文部科学省が受け入れかたちで、小中学校や高校への導入が展開された(されている)。
  2. 特に、規制改革推進会議が学校教育における対面原則や学校への在籍、人間教育、教師の役割などの現行の制度・前提を、遠隔教育導入の障壁(規制)と捉え、その緩和や撤廃を文部科学省に求める構図が、2010年代の遠隔教育政策の動向として確認される。
    したがって、小中学校や高校への遠隔教育の拡大は「文部科学省が自ら積極的に取り組んだものではなく、規制改革推進会議、教育再生実行会議[また、規制改革に結果的に与することになった自治体]からの要請に応じるかたちで実行に移され」たのである(107 括弧は引用者)。
  3. 2020年からのコロナウイルス感染症の流行により、感染症対策(;規制改革推進会議が遠隔教育を感染症対策の一つに現在挙げている)やそれに伴う小中学校や高校の一斉休校などの措置を講じる必要に迫られた文部科学省は、遠隔教育に係る要件の大幅な見直しや緩和をせざるを得なくなった。
    今回の感染症の流行を制改革推進会議が遠隔教育の導入の契機に捉え、感染症の終息後には遠隔教育の導入拡大を加速することが大いに予想される。

♢個人的意見・コメント

遠隔教育は「投資」であり、文部科学省や既存の学校教育の在り方がその投資の「規制」である、という規制改革の文脈で遠隔教育の導入が議論・実施されているように思われる。

一方で、本稿が示す文部科学省と規制改革推進会議などの規制改革派の議論において、文部科学省教育基本法に則る回答(例えば、人間教育や人間の陶冶)をしていたが、議論の中で教育の機会の保障や、「凡庸な格差社会」(松岡 2019)を形成してきた現行の教育システムの是正や改良などの観点で、遠隔教育の導入の是非が議論されてきたのか、気になるところである。少なくとも、規制改革派が言う遠隔教育の導入に伴う教育機会の保障は、実質的には過疎地域に住むまたは入院や自宅療養をしている子どもなどの事例を持ち出しており、普遍的な教育機会の保障を主張しているようには見えない。

であるならば、やはり現在議論される遠隔教育の導入は、社会的・経済的な「投資」の側面を有するものとして、規制改革派は捉えているのだろう。現行の学校制度(公教育)が、遠隔教育の導入にあたっての障壁や規制として捉えられ、そのことが再三にわたって批判されていることは、本稿でも何度も確認できる。

しかし、ここで批判を受ける障壁や規制は、単なる投資にとっての障壁や規制なのだろうか。むしろ、公教育における教育の機会を保障するために必要な障壁ではないのか。

遠隔教育(オンライン教育)の導入と実施によって、むしろ教育格差を拡大させる側面があることは既に指摘されている(多喜 2021)。
例えば総務省『令和元年通信利用動向調査(世帯構成員編)』の結果では世帯年収や居住地域によってインターネットの利用割合には差があることが示される。また2015年の国際学力調査TIMSSにおいては、親の学歴が高い家庭ほどICT機器の所持や利用の割合が高くなることが指摘される。さらには今般のコロナ禍においてオンライン教育の受講の割合が居住地域や世帯収入によって異なることも既に指摘されている(多喜・松岡 2019)。すなわち、遠隔教育(オンライン教育)を受けられる機会は、世帯収入や親学歴、居住地域によって差があるのである。

ただし、多喜が懸念することは、単に教育格差が遠隔教育の導入によって広げられることではない。つまりは個別最適化の実現を言い分に、民間企業が教育の世界に無制限に参入することで、子どもの学びの自己選択と自己責任の論理がより強く学校現場にもたらされるのではないか、という懸念である。特に。学びの自己選択において、選択は無色透明な行為ではない。選択は、出身階層や居住地域の影響を受けた行為である。そのように考えた時、民間企業の参入に伴う学びの多様化と個別最適化は、個人の学びの結果を自己の責任で引き受けるというロジックととても親和的だ(多喜 2021:179)。

このような学びの機会と結果の全てを自己責任で個人が引き取らない(引き取らせない)ための規制として、現行の学校制度は存在すると言える。少なくとも、規制改革派が述べる投資の障壁としてのみで、学校制度を捉えることは、あまりにも狭い見方であると言えよう。
※ちなみに、このあたりの教育の市場化に伴う、学校制度の脱標準化の流れについては、例えば、批判的教育学のマイケル・アップル『オフィシャル・ノレッジ批判―保守復権の時代における民主主義教育』(2007,東信堂)が考察をしています。参考までに。

 今回のコロナウイルス感染症の流行に際して、特徴的な場面があった。それは、「規制改革推進会議が」遠隔教育が感染症対策になるという指摘を出し、文部科学省がそれを受け入れるというものだ。遠隔教育の導入が感染症対策になることは、おそらく文部科学省も認識をしているだろう。問題は政策議論の構図である。つまりは、広く必要なことだと認識されている「感染症対策」を理由に「規制改革推進会議」が遠隔教育の導入を文部科学省に要請し、その要請を文部科学省が受けてしまったということだ。

この構図について2点、本記事の最後に指摘をしたい。

1点目は、コロナ禍における遠隔教育の導入が「ショック・ドクトリン」の様相を帯びているということだ。コロナ禍という惨事において、現行の教育制度は機能不全というピンチを迎える。しかし、規制改革派はそのピンチを経済改革のチャンスとして捉え、実際に感染症流行の早期に遠隔教育の導入を感染症対策の名目で文部科学省に要請している。だが、あくまでも感染症対策は名目に過ぎない。
むしろ、惨事のなかで、文部科学省が学校制度が普遍的な教育機会を保障する「規制」なのだという反論をする時間もないままに、経済的改革の実行という新自由主義(惨事便乗型資本主義/ショック・ドクトリン )の波に、公教育が飲みこまれてしまったようにも、筆者には思われる。

ショック・ドクトリンの信奉者たちは、社会が破壊されるほどの大惨事が発生した時にのみ、真っ白で巨大なキャンパスが手に入ると信じている(Klein 2007=2011:28)

www.iwanami.co.jp

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2点目は、本記事のタイトルにもある官民連携についてだ。
遠隔教育の導入は、今後民間企業の参入によって進められていくことが予想される。遠隔教育の導入も含む政府の未来社会構想0に係る事業において、教育と産業の連携は必須だ(児美川 2021)。しかし、実際には本稿で確認されるような、規制改革派の要求に折れるかたちで文部科学省が既存の制度を変えるといった連携のあり方を取る。特に、コロナ禍における遠隔教育の急速な導入の場面は象徴的だ。これらから分かるように、官民の連携は教育サイドと民間事業者が対等な立場で連携がなされるわけでは必ずしもない。そして、そのような不均衡な連携は、教育が民間企業の投資先としてみなされる、つまりは公教育が市場として大胆に開放され(児美川 2021)、投資のリターンを得るために教育がより競争的なものになっていくという未来をもたらすだろう。

 

【参考文献】

児美川孝一郎(2021)「GIGAスクールというディストピア : Society5.0に子どもたちの未来は託せるか?」『世界』940:41-53.

松岡亮二(2019)『教育格差--階層・地域・学歴』<ちくま新書1422>筑摩書房

多喜弘文(2021)「ICT導入で格差拡大 日本の学校アメリカ化する日」『中央公論』135(1):172-181
※本文の抜粋版(2021年4月20日取得, https://chuokoron.jp/society/116248.html

多喜弘文・松岡亮二(2020)「新型コロナ禍におけるオンライン教育と機会の不平等 プレスリリース資料」(2021年4月20日取得, 
https://researchmap.jp/multidatabases/multidatabase_contents/download/471561/1e9d544a131558d8e92fe5ec4b784f63/19560?col_no=2&frame_id=963374

 

追記
2021年4月21日 一部表記を修正した。
2021年4月30日 一部リンクを追加した。